野母崎樺島町 光明山摂取院 無量寺

法然上人の御法語

法然上人御法語

元祖大師御法語(がんそだいしごほうご) 前編(ぜんへん)
第十七(だいじゅうしち) 易行往生(いぎょうおうじょう)
念佛(ねんぶつ)を、(もう)(そうろ)(こと)は、ようようの()(そうら)えども、ただ六字(ろくじ)を、(とな)うる(うち)に、一切(いっさい)(ぎょう)は、おさまり(そうろ)うなり。 (こころ)には、本願(ほんがん)をたのみ、(くち)には名号(みょうごう)をとなえ、()には念珠(ねんじゅ)を、とるばかりなり。 (つね)(こころ)を、かくるが、きわめたる決定往生(けつじょうおうじょう)(ごう)にて(そうろ)うなり。 念佛(ねんぶつ)(ぎょう)は、もとより行住坐臥(ぎょうじゅうざが)時処諸縁(じしょしょえん)を、きらわず。 身口(しんく)不浄(ふじょう)を、きらわぬ(ぎょう)にて、易行往生(いぎょうおうじょう)(もう)(そうろ)うなり。 ただし、(こころ)を、きよくして(もう)すを、第一(だいいち)(ぎょう)(もう)(そうろ)うなり、(ひと)をも、左様(さよう)()すすめ(そうろ)うべし、ゆめゆめ、()御心(おんこころ)は、いよいよ、つよくならせ(たま)(そうろ)うべし。
念仏を唱えるのに様々な教えがありますが、ただ南無阿彌陀佛と唱えれば、その中にすべての行が納まっています。
心には仏の本願を頼み、口には六字の名号を唱え、手には念珠を持って礼拝するだけです。
いつも極楽往生を心の掛けていることが、必ず往生できる行であります。念仏を唱えるのに行住坐臥の何れでもよく、時と場所と事情とを問うことなく、喩え身体や口が不浄であっても念仏を唱えれば極楽往生できるのであるから、易行往生というわけであります。
ただし心だけは清く保っていて念仏を唱えることが一番大切であります。
人にもこのような念仏を唱えるように勧めて頂きたい。
まして自らも信心は増々強く持って頂きたいと存じます。
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