野母崎樺島町 光明山摂取院 無量寺


法然上人御法語

元祖大師御法語(がんそだいしごほうご) 後編(こうへん)
第三十(だいさんじゅう) 回向(えこう)
當時日(とうじひ)ごとの、御念佛(おねんぶつ)をも、かつかつ回向(えこう)し、まいらせられ(そうろ)うべし。 なき(ひと)のために、念佛(ねんぶつ)回向(えこう)(そうら)えば、阿彌陀佛(あみだぶつ)(ひかり)をはなちて、地獄(じごく)餓鬼(がき)畜生(ちくしょう)を、てらし(たま)(そうら)えば、この三悪道(さんなくどう)に、しずみて、()()くるもの、()(くるしみ)、やすまりて、命終(いのちお)わりて(のち)解脱(げだつ)すべきにて(そうろう)大経(だいきょう)に、()三途勤苦(さんずごんく)(ところ)()りて、()光明(こうみょう)()たてまつらば、皆休息(みなくそく)()て、復苦悩(またくのう)なし。 寿終(じゅじゅう)(のち)皆解脱(みなげだつ)(こうむ)らむと()えり。
また現在、それぞれの日課念仏をも、少しずつ(懇ろに)亡くなった人のために振り向けられるがよいでしょう。
亡き人のために念仏を振り向けられれば、阿弥陀仏は光を放って地獄・餓鬼・畜生の三悪道を照らされますから、その悪道に堕ちて苦しみを受けている者は、その苦しみが止んで、命終の後に苦しみの境界からすっかり解放されることになるのです。
ですから、『無量寿経』巻上には、
「もし三悪道の疲れ苦しまなければならない境界にある人が、この阿弥陀彿の光明を見ることができれば、すべて苦しみが止み安らいで、また苦しみ悩むこともなく、命終の後にすべて迷いの束縛から解放されるのだ」と説かれています。
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